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【トレーニングレポート】10年のプロ生活で培った不動心と責任感を胸に、加藤有輝はゴールマウスに立つ

【トレーニングレポート】10年のプロ生活で培った不動心と責任感を胸に、加藤有輝はゴールマウスに立つ

その瞬間は、やはり突然やってきた。



33節・藤枝戦はタイムアップを迎えようとしていた。ところが89分、笠原昂史がFKに飛び込んできた相手選手と激突し、倒れ込んでしまう。5枚の交代カードは、すでに使い切っている。なんとか立ち上がったものの続行は不可能。開幕からフルタイム出場を続けてきた背番号1が、「脳震盪による交代」でピッチを退くことになった。

リードは1点。スタジアムが騒然とするなか、交代ボードには「1」と「21」の文字。加藤有輝に、今季リーグ戦初出場のチャンスが巡ってきた。「どういう状況か分からなかったので、ウォーミングアップと言ってもちょっとボールを触ったくらいで……。『行くぞ!』と言われて『ハイッ!』って。それだけでした」サポーターからの「有輝コール」を受けてピッチに飛び出すと、村上陽介、市原吏音とハイタッチをかわして、ゴールマウスに立った。

リスタートは自身のFKから。ボールをとらえた右足の感覚は上々。左のサイドライン近くにポジションを取った杉本健勇の頭へ、伸びのあるボールが飛んでいった。アディショナルタイムは同点を目指す藤枝の圧力が強く、押し込まれる展開となった。

それでも加藤は「そこまで緊張もなく、最初にいいボールを蹴ることができたので、心配なく試合に入れました」と落ち着いていた。クロスの見極めも正確で、気持ちだけで前へ飛び出すようなことはなかった。そして100分過ぎ、左サイドからゴールに向かってくるFKをガッチリとつかみ、倒れ込んだ瞬間にタイムアップの笛が鳴り響いた。

「自分がキャッチして試合が終わるのは、初めてだったような気がします。記憶にない。残り時間は意識していませんでした。終わりのことを考えると『長いな』と思っちゃうので、一瞬一瞬に集中して、終わった瞬間にホッとした感じです」

初出場を感じさせない安定感で1点のリードを守り、3連勝に貢献した。しかし加藤は、勝利の余韻に浸らなかった。「連勝は終わったことで、先のことを考える余裕もない。すぐに次の試合が来るので、そこに向かってやっていくだけかなと思います」と口にし、目線を次の山形戦に向けていた。

今季がプロ10年目。試合に出られない悔しさ、急きょ出番が訪れたときの心の持ち方、勝敗に一喜一憂しないメンタルなど、加藤には多くの蓄積がある。一つの出場枠を巡ってポジションを争うGKの立ち位置に関しても、「試合に出てチームを勝たせるために全員で頑張る。GKって幸せな仕事かなと思います」と、余裕の笑顔を見せる。



「みんな良い選手。誰が試合に出ても正直引けを取らないパフォーマンスを出せるほどの実力があると思います。カサくんも、ツボ(坪井湧也)も、滉くん(志村滉)も、みんなすごい選手。なので、つねに危機感を持ちながら、練習から良い競い合いというか、良い勝負ができていると思います。その中でピッチに立つ責任は、もちろん感じています」

雨中の激闘となった第34節・山形戦は、2点のリードを許す苦しい展開の中、土壇場で追いつき、宮沢悠生監督の就任から無敗を守る結果となった。とはいえ、2失点。「トレーニングでやってきたこと、やりたいことは出せたかと思います。ただ、チームが3連勝という良い状況の中で試合に入って、4連勝を目指してプレーしたんですけど、結果がついてこなかった」と試合を振り返り、チームを勝たせられなかった悔しさをにじませた。

リーグ戦は残り4試合、立ち止まるわけにはいかない。あと少し手を伸ばせば、目標を掴み取れる位置につけている。

10月31日、秋田戦を2日後に控えたトレーニングは1時間強。加藤は集中力を保ち、前所属の北九州のときから定位置を争ってきた志村、山形戦で今季初のメンバー入りを果たした坪井とともに、高橋範夫GKコーチの下で試合へ向けた準備を進めた。



まずはGK陣のみでクロス対応を確認し、その後はゲーム形式の練習に参加。最後は、ここ最近は好例となっているポイント制のシュート練習を行なった。笑顔と厳しさが入り交じる雰囲気の中、加藤のシュートセーブにも「ナイス!」の声が響く。チーム全体のムードはもちろん、3人のGKも充実の表情を見せていた。

「もう28歳ですから。昔と比べるとサッカーに対する考え方は変わりました。GKというポジションは失点や勝敗に直結するので、これまではネガティブな気持ち、ミスをしたらどうしようという考えで試合に入ることが多かったんです。だけど、大宮に戻ってきて、チームとしても個人としてもストロングポイントから出していこうという雰囲気の中で練習を重ねてきたことで、試合にも前向きな気持ちで臨めるようになったんです。残りのリーグ戦も同じです。監督も目の前の1試合と言っていますが、そこは自分も同じなので。目の前の1試合、その1試合でチームの勝利のためにやっていくだけです」

大宮の命運が懸かる残り試合。加藤有輝は動じない心でゴールマウスに立つ。


(文:粕川 哲男/写真:高須 力)